ブランケットから出ていた鼻が冷たい。久々に味わうこの感覚。日本の冬のようだが、ここはネパール、山の国。電気のない街、カトマンズ。一夜明けて、インフラの欠如した街というのは、むかつくことが多いと気づく。お願いしてあったランドリーが湿気たまま戻ってきたので、フロントに文句を言ったら、「政府が悪いんだ」と言う。政府が洗濯してくれるんかい!とムキになって悪態ついても、本当にこの国は、なんとなす術のない国なんだろう。トホホという言葉がよく似合う。
バイクを快調に飛ばすBデブの運転は想像よりも上手かった。想像を裏切る奴、Bデブ。道は穴ぼこだらけ。それを上手くよけて走る。「オフロード車がいるんじゃないの?」、と私も口が悪いな。
その日は、ミーティングと新製品のサンプル作りとテスト。10人ほどいる女性スタッフは、タメルにあるリテイル用ソープの最終ラッピングをやっていた。シュリンクラップなど部分部分で機械を使うが、ほとんどは人海戦術、つまり手作りだ。
そしてお昼頃にBデブが聞いてきた。「食べられないもの、ある?」「うーん、辛すぎるものはダメかな」。そして30分後には、スタッフのひとりが作ったテンペ入りのベジタブルカレー&ライスがサーブされた。「いつもスタッフがキッチンで作って、みんなで一緒に食べるんだ」とのことで、みんなが玄関口に座ったり、芝生に腰を下ろしたりでのどかなランチタイムが始まった。平均25歳ってとこだろうか、女性スタッフのレベル、けっこう高い。独身はそのうち3人。南沙織みたいなタイプが多い。健康美人なかんじ。「日本人男性はどう?」などとけしかけてみる。ウフフと恥ずかしそう。
午後からは、当社の隠れたヒット商品、ネットル・スクラブ・タオルのマニュファクチャーにBデブのバイクで連れてってもらう。民家も民家。近所の飼い犬が吠え、幼児が庭先で遊ぶ、人様の気配たっぷりな場所だ。主は、Pミラ。小学校の時の同級生だったヒロミちゃんにそっくり。Bデブが彫深めのアーリア系だとしたら、Pミラは濃厚なたまり醤油な顔をしていて、日本人にとても近い。 ネットル・スクラブ・タオルは手作業なため、オーダーをしてもしても、出来上がるのがとにかく遅い。1、2か月待つのはざら。その上数が揃わない。最近はクオリティはかなり改善されてきたが、このノロさがあって、マスプロダクション化の道のりは閉ざされている。 Bデブいわく、「彼女のネパール語、聞いた?ものすごいアクセントがあるだろ?」。そのアクセントとやらはよくわからなかったが、Pミラは国境近くの辺境出身で、部族の女性達を率いて、ネットル商品を作らせ、それをディールしている。彼女は部族の女性達を統一して品質管理するのは難しい、と言う。写真を見せてもらったが、大きい織物でも、両脇に木を並べただけの簡易手織り機、いやもはやこれは機械とは呼べない。手織りがやや進化したような物体だ。そう言ったもので作る。その上、ネットルはトゲがあるため、その採取も難しく、ゴム手袋をしなければならない。その後、灰と一緒に煮て繊維を取り出し、ようやく編み込みの準備が整う。「編むのに1日かかることもある」と言う。製品が村から届けられてからもPミラが再度編み直したりすることもあるとか。
悩み多き製造過程だが、日米でこの製品は随分とリピートされているので、とにかく頑張ってほしいもの。ついでに言っておくけど、最近、ネパールと日本で、当社のネットル・スクラブ・タオルの類似品が出回っている。この編み方、このサイズ、ループなど、コンセプトに至るまでこの製品は、この私が考案したものなので、まねしないでほしい。一言。
ネットルにしてもそうだが、ネパールの人は「この草がなぜこんなに重宝されるのかがわからない」というくらい、近くにあり過ぎて、お宝をみすみす見逃している事が多々ある。ロイヤルゼリーも開発され始めたのはここ数年だ。それまでは蜂の巣のゴミと一緒に捨てられていた。ご先祖様から代々伝わっているからやってるだけで、実はこれほどまでに薬効があるのは語られていなかったりする。あるいは各国がオーガニック素材に着目している昨今だが、ネパールははじめっからオーガニックだったし、農薬って何?な、素晴らしい温故知新な素材があふれている。ニーマナイマのソープのオイルも、同じオイルを使っても、ネパールのオイルは出来がよいんですよ!
だから電気がなくって、街も発展途上のままで、本当は良かったんじゃないの?いや、うーむ。今夜も寒いぜ。トホホ。